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10月, 2011の投稿を表示しています

光の祭典 ― ディワリ

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今週はインドで最も重要なお祭りのひとつ、
ディワリでインド中が盛り上がっています。
「光の祭典」とも呼ばれ、
街中、家中、灯りをともしてお祭りします。
ヒンドゥー教では蠟燭は使わず、
金や銀、あるいは粘土でできた入れ物に油を注いで灯をともします。
灯火が油に映ってとってもキレイ♪

おまけにスイカの上にも固形燃料が (↑)。
プージャの際に点火され、その後外でパシャーンと地面に
投げつけて割るのでした。
昨日のプージャの際は、どこからか裸足の2人の女性が現れ、
割れたスイカから種を一生懸命むしりとっておりました。

ディワリの間、あちらこらちの家では、
ヒンドゥー教の最高神の一人ヴィシュヌの妻である
ラクシュミーを迎えるために、
一晩中灯りを灯すしておくのだそうです。

と、ここまで書くと、何となくロマンチックで落ち着いた感じの
お祭りに聞こえるでしょー。
ところがどっこい。ここはやっぱりインドなのです!
街中あちらこちらで花火がバーンバーン。
近所の道路も爆竹など、さまざまな花火が
夜の10時ぐらいまでひっきりなしに「爆音」を立てまくります。

夜になると、私の家のまん前でも大きな花火が。
おいおい、危ないだろーに。
ガラス窓が割れるのではないかと思うほどの振動と爆音。
これには参りました。
最初は gG も怖がっていましたが、
数十分も続くとなぜか逆に怖がらなくなりました (^^)。

ディワリの日はあちらこちらの家庭や会社でプージャが行われます。
私たちは、朝から旦那の会社のプージャに出席。
祭壇が設けられ、ラクシュミーの写真の周りに
さまざまな装飾が施されます。
玄関、階段、床のあちらこちらには、粉で描かれたランゴリが。

プージャも賑やかに終了。
と思いきや、今度は旦那の会社のグループ会社のひとつの
プージャへと車を走らせ参加。
最後には、おいしいランチをご馳走になりました♪


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インドでも人気 ヤクルト!

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2年前のこと。ちょうど私たちが米国を去る直前に、
近くのモールでヤクルトのキャンペーンが大々的に
行われていました。
チェコではお目にかかることはなかったヤクルト。
インドではあちらこちらでお目にかかれます。
懐かしいパッケージについつい手が伸びてしまう私。
小さい頃、毎日配達されるヤクルトとジョアが
とっても楽しみだったんですよね~。なつかし。

インドではゴールデンタイムにヤクルトのコマーシャル
が流れたり、結構マーケティングも積極的。
スーパーマーケットで、子供たちがお母さんに
「ヤクルト買って~」と駄々をこねている姿も目にするほど。



さて、このヤクルト、インドでは YAKULT DANONE (I) PVT LTD
という会社が製造販売しています。
2005年に設立されたこの会社は、
日本のヤクルト本社とフランスの Groupe Danone との合弁。
ヤクルトは 2007 年から販売が開始されたとのことです
(詳しくはこちらの Web Site をどうぞ)。

長野県出身で京大医学部を卒業した医学博士代田氏。
昭和初期に彼が開発した乳酸菌が、
21世紀の今なお世界各地で喜ばれているるとは
何ともすばらしい!

ちなみにヤクルトの小売価格は日本で35円。
こちらでは Rs 10 (20 円弱) です。
インドにいるうちにたくさん飲んでおこう (^^)。

メトロ Namma Metro 開通!

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昨日2011年10月20日、とうとうバンガロール初の
メトロ Namma Metro (Our Metro という意味) の
一部 (Eastern Line) が開通しました。
2007年4月に着工した工事。
6月の段階ではまだサリーを着たお姉さん
とかが一生懸命がんばっていたのですが、
やっと4年と数ヶ月を経た昨日開通!
デザインもなかなかです。

このメトロ、地下を通っているのではなく、
高架線の上を走るわけでしたが、
ちょっと怖いのは、高架線のほとんどの部分が
1本の柱だけで支えられている、という点。
まあ、他にもこういう造りの高架線はたくさんあるけれど、
インド工事の仕方を見てきている私は
ちょっぴり不安がよぎります。

ただ、すばらしいのは、このメトロ、
何とフリーの Wifi 付き!!
乗客数を予想するとbandwidthが心配ですが。
今度試してみま~す。

ちなみに、この工事、当初は 2010年3月完成の予定だったそうです。
その後完成予定は、2010年12月と発表され、
さらにそれもミスると、今度は2011年4月に改定。
ところがそれもミスり、2011年9月15日へと変更。
そしてまたもやミスり、2011年9月26日へ。
当然これもミスり、やっと昨日完成、という下りでした。
いやはや....Welcome to India~~!

Google もお手上げインドの住所

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どこに行っても重宝するのが Google Map。
しかし、さすがの Google もインドには勝てない (^^)。
Google Map に私の住んでいる場所の住所なるもの
(なぜこう表現するかというと、果たして本当の住所
なのか不明なため) を入力しても、
全然違う場所をさしてくれちゃうのでした。

実は、この家に引っ越す際に大家さんから
教えてもらった住所があるのですが、
現在使っている住所とはこれまた違うんですねー。
住所すら定かでないインドなのでした。

ただし、郵便物は現在使用中の住所できちんと届きます。
が、水道料金などの領収書を見ると、
大家さんがくれた住所が載っている。。。
う~~ん、さすがインド。

それと面白いな、と思ったのは、
大抵の住所には、ランドマークが入れられているんです。
たとえば、旦那の会社の住所には、
"Near Vincent Church" と入っている。
「熊の神社近く」といった感覚でしょうか。
これは正式な住所ではないらしいのですが、
GPS も機能しないインドでは、
道しるべとなる情報が必要なので入れてある、
とのことです。

また、上の写真の標識にあるように、
Cross という概念もあるんですが、
これもやっぱり道しるべなんです。
大通りと並行に何本目の道かがこれで分かります。
これは 1st Cross となっていますが、
100 Ft Rd から1本目の角を曲がった通り、のような感じです。
Stage は区画みたいな感覚で使われています。

現に、私たちのドライバー (また新しい人で

タージ君という) も、場所を探すときは、
携帯電話で先方に電話。
近くのランドマークを聞くんですね。
携帯電話の使用率が高いわけです。


まあ、郵便物はとりあえず届くから、
今使用中の住所で徹底しま~す。


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インドで健康診断

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アメリカを出てから2年間、
何とこんな年齢なのに一度も
健康診断を受けていなかった私...
基本的に医者が嫌いなのが原因なのですが、
環境も水も変わったし、
最近どうも内臓系に負担がかかっているのでは、
と不思議な感覚が押し寄せてきていて、
インドだけど思い切って健康診断を
受けることにしました。

インドでは採血やレントゲンなどは
すべて Lab (ラボ) で行われるようで、
近くの Lab に朝8時半入り。
検査は何と全部で 22 項目!!

まずは心臓超音波検査から。
これはもしかしたら初めてかも。
左向きに寝かされて超音波機器をぐいぐいと
心臓の周りに当てていく。痛い、けど、我慢。
そんなにきつく当てるのかなぁ、と
内心インドの検査方法に不安を感じながら次へ。

次は TMT (Treadmill  Test) といって、
虚血性による心臓病などの検査らしい。
12誘導心電図を取るために、
胸の周りに管つきの測定パッチを貼る。
そして、トレッドミルに乗って最初はゆっくりと、
2分おきぐらいに徐々に速度が上げられ、
でも、走っちゃだめ。とにかく歩く。
傾斜も徐々に上がっていくのでしんどい。
お隣のモニターの脈拍数がどんどん上がっていく
のを見ながら、必死に歩く。
10分ほどの検査でした。
脈拍は140近くまで上がり、汗だくだく。
先長いのになぁ~、とさらに不安になる。。

※ちなみに私、ほぼ毎日運動してきてた人なのです。
その私が汗だくなになるんだから、お年寄りは辛いでしょー。

次は採血。15分ぐらい待たされました。
実は、22の検査項目のうち14項目は、
採血によって分かるらしく、いっきに片付いてしまいました。
4本分の血を抜かれてちょいと参ったけど、
22 - 2 - 15 = 5 で、あと5項目だ~、と喜んだ私。

次は胸部X線撮影。これは簡単。
こんなのばかりだったら、1年一度の健康診断も
喜んで受けるのに。

ここからが痛いパップテスト、マンモグラフィー...
パップは以前にも受けたことがあるけれど、
今回は痛かった。お医者さん、荒いです...。
細胞傷つけられなきゃよかったけど...不安...

マモは以前同様やはり痛かった。
早期発見のためには必要だから仕方ないけれど、
お医者さんに「もっと痛くない装置開発するべきだぁ~」
と、ブチブチ小言を吐きながらの検査…

揚げたてチップス

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最近旦那と私がはまってしまったのが、
これ (↓)。

揚げたてのポテトチップスです。
在庫が少ないと目の前で揚げてくれます。
昨日は揚げたばかりだったのでしょう。
結構在庫があったので、
ショーケースの中のコンテイナーから
Rs 20 分を購入。
まだまだ新鮮度はあって、
いつものごとく美味でした。
やっぱり揚げ物は揚げたてが一番ですね。

ちなみにこの店の間口って一間ぐらいしかないんですー。
坪当たりの粗利、青山あたりのお菓子屋さんに負けないかも。


インド12世紀の寺院: ベルールとハレービードにて

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インドの長~~~い歴史からすると、
12世紀はつい最近のことなのかもしれませんが、
このバンガロールから西へ車で4時間ほど行ったところ、
べルールとハレービードという町に
12世紀に立てられた寺院が散在しています。

中でも、ベルールのチャナケーシヴァ寺院
ハレービードのホイサレーシュワラ寺院は有名。
先週の休日に日帰りで行ってきました。
※上記のリンクは、私の英語のほうのブログへのリンクです。
英語が苦手な方も写真をお楽しみいただけるかと思います。

石で造られた寺院の外壁がとにかく凄い。
おびただしい数の彫刻がびっしりと刻まれています。
英語のほうに詳しく書いたので、
詳細は割愛しますが、
彫刻によって当時の生活様式や風習が学べます。
12世紀当時は女性も狩りに駆り出ていたとか、
ワインは百薬の長ではないが、適量はよし、と
されていたとか。
さまざまなストーリを語ってくれます。

バンガロール地方においでの方は、
是非とも足を延ばしてみてください。


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食生活にちょっとプラスなお店

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インドに来てからというもの、
夕食メニューが結構ワンパターン化していた私でした。
がんばっても、レパートリーを増やすには無理があったのは
やっぱり食材の種類のせい。<- 決して自分の非とは認めない (^^) 

鯛を発見したあとは、時々フライパンで焼き魚に挑戦したり、
日本からパン粉を入手したあとは、串揚げに挑戦したり、
お好み焼きもがんばって作ったり、
いろいろしてみたのですが、
やっぱり作れるものって限られちゃうんですよね。 

アメリカ人の旦那は、日本食も好きだけど、
やっぱりチーズ系のこってりしたものや、
サンドイッチが食べたい。
ところが、こちらでは薄手の燻製ハム
みたいなものは売っていない。
というか、売っていても、何か古そうだったり、と。。。 

そんな中、つい最近我が家から徒歩1分という超ご近所さんに
Nature's Basket というお店がオープン
(これまた何とウェブサイトもしっかりしています)。
まだ2週間ちょっとしか経っていないのですが、
早速行ってみました。

ニッチなニーズに対応した新しい感覚のスーパーで、
何と! ハムやチーズが豊富にあるではないですか!!

ハーブ類も豊富に揃っているし、
芽キャベツまでありました!
こちらでは滅多に入手できないパリパリ感のあるレタス
(ロメインの変形版のようなもの) もあり、
フェタチーズと合わせて、これからはグリークサラダっぽいものも
作れそうです。

旦那は念願のハム&チーズサンドイッチを
お弁当に持って行けるので大満足。
gG もチェコ以来のハムに大喜びでした。

Bangalore 在住の方々はどうぞお試しください。
場所は、CMH Rd の 100ft Rd から 80ft Rd に向けて 2 ブロック
行ったあたりです。Nokia のお隣です。


雑談:インドとスティーブ・ジョブス

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一昨日のインドの休日の朝7時頃、
まだ寝床でうだうだしていた私に
階下ですでに仕事をしていた旦那が突然
"Steve Jobs died" と伝えに来た。
虚ろな状態で聞いたこのショッキング (!!)
なニュース。
いきなり飛び起きた私でした。

過去20年、IT 業界にどっぷり浸かって仕事をしてきた私。
スティーブ・ジョブスは常にいて当然の大きな大きな存在。
世の中は彼の想像力とインベンションによって創り上げられてきた、といっても過言ではないでしょう。

そんな彼、19歳のときにインドに来たことが
あるってご存知でしたか。
高校を卒業して入った Reed College で東洋に興味を持った彼。
あらゆる本を読んで、フルーツだけを食べていれば粘液が減る
からシャワーを浴びなくて済む、とまで語っていたとのこと。

大学をすぐに中退した彼は、インドで悟りを開くための旅行を
計画し、その資金調達のために Atari で働き出したわけでした。
1974 年のことです。
Atari での上司にインドへ出張を、と頼むのでしたが、無理。
それでも、会社はマシンの修理に絡めてドイツまでの出張費用
を出してくれたらしいんですねー。
70年代という時代のおかげなのか、
ジョブスの交渉力のおかげなのか??

ドイツで Reed College 時代の仲間 Kottke 氏と合流し、
大きな期待に胸を膨らませインドを目指した二人。
Neem Karoli Baba との面会を期待していたジョブスでしたが、
彼らが到着する間際に不幸にか幸いにか Neem Karoli Baba は死去。
そして、別のグル (導師) と会ってみるが、
残念ながら期待は大きく外れ失望してしまいます。

Michael Moritz 著のジョブスの伝記
『The Little Kingdom: The Private Story of Apple Computer』では、
ジョブスのインドでの経験が以下のように記されています。

"The hot, uncomfortable summer made Jobs question many illusions he had nursed about India. He found India far poorer than he had imag…